話題になったことばがある。主に、私と楓さんの中で、という話だが。
--おれ、牢屋にいるから(笑)
調査をしてみると<束縛ムスメ>さんの束縛はすごく控え目に言って、すごくキツかった。
「牢屋にいるから(笑)」のカッコワライが哀愁を誘う。
桐田工作員と彼氏のメールがスタートして、1週間のうち、なかなかメールは進まなかった。
なぜならば、昼間は仕事をしていて、夜帰る部屋は同棲している部屋だからだ。一緒にいるときは、メールすらあまり頻繁には打てないのである。
仕事の休憩時間か、<束縛ムスメ>さんがお風呂に入っているあいだくらいしか、メールのやり取りはできない。かつ、彼氏はいちおう雇われ店長なので、それほど仕事中の休憩が多いわけではなかった。1日のうちで1時間あるかないか。その中で、当然<束縛ムスメ>さんにも目を配らなければならない。必然的に桐田さんとのメールの数は少なくなる。ただし、限られた時間の中ではなかなかハイペースでメールは交換していたし、順当に行けば、デートまではそう遠くはなさそうだ、というのが楓さんの見立てであった。
「いい感じにはできると思うんだけどね、これだけ束縛キツいと、まあ、思うところもあるでしょ」
「<束縛ムスメ>さん、見かけによらずキツいですよね」
「大橋、あんた目がキツいとか言ってなかった?」
「いや、言いましたけど、でも、なんか全体的にはほんわりしたひとじゃないですか」
「まあ、そうかな。大橋様がそう言われるならそうなんでしょう」
「いや、ちょっと、やめてくださいよ」と私が軽口を叩いた瞬間であった。
楓さんの携帯が鳴った。「かなえちゃん」とディスプレイには表示されている。
「え? バレた?」と楓さんは電話を見ていてわかるくらい強く握った。
私はちょっとびっくりして、これは参ったことになった、とお茶を入れることにした。春子さんは午後からの来客に備え、お茶菓子を調達に出かけている。私とて、私の淹れた茶ではなく、春子さんのお茶が飲みたい。
ところで、電話は思いのほか短く終わった。私がキッチンで湯を沸かしている、という極めて微妙なタイミングで、である。
ちょっと濃すぎた感のあるお茶を楓さんの前に出すと、
「ほう、これは急須で入れたお茶に近い味だね」とひと口飲んで言った。
それなら某メーカーのペットボトルでよかったのではないか、というかこれは、下手ではあるが急須で入れたお茶である。
「なんかヤバい話ですか?」
「<束縛ムスメ>さんにバレたらしいよ」
「マジですか?」
「マジです」と楓さんはお茶をすする。「あ、やっぱちょい濃い、これ」
「すいません」と私はいちおう謝っておいた。「それで、なんでバレたんですか?」
「なんか、今日の朝、携帯見られたらしいよ」
「それはそれは……」
まさに牢屋であった。誰よ、この女! 状態である。リアルで遭遇する<束縛ムスメ>さんの彼氏には多少の同情を禁じ得ない。
「そんで、大喧嘩になって、出て行く、とかそんな話になってるみたい」
「え? あれ? なんすか、それ、成功じゃないっすか」
「まあ、完全に切れたわけじゃないでしょ。たぶんヘソ曲げただけだと思うよ。ちょっと実家帰るか、友だちの家に泊まるかして、すぐ戻るんじゃない?」
「じゃあ、工作は継続?」
「そりゃね。まあ、でも、チャンスはチャンスだから、この機会にご両親がうまくまとめてくれるといいけど……」
「なんか、最初に行ったとき、ご両親は不安要素だ、みたいなこと社長が言ってましたよ」
「だよね、あたしも注意しとけって言われた。社長のそういうの、よく当たるから、怖いんだよなー」
「どういうことなんですかね?」
「まあ、頭ごなしに傷心の<束縛ムスメ>ちゃんを否定したりすると、こじれるかも、ってこと。うまくやれば、うまくいくと思うんだけどな」
「佐賀さんには、いちおう伝えておくんですか?」
「うん、もちろん。あと、否定しちゃダメですよ、って言っておかないと」と楓さんは笑った。
【エピソード2】5話 マズい事情、マズい自乗
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【エピソード2】4話 プリズナー
2023-04-17
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