
息子のことは、分かっているつもりでした。
言い訳の癖も、疲れた顔を見せるタイミングも、強がる瞬間も。
それでも、息子が「結婚したい人がいる」と言った夜だけは、急に遠い人に見えました。
初めて会った彼女は、若くて、受け答えが丁寧でした。
笑顔も自然で、場の空気を読むのも上手。
息子の話をよく聞いて、私にも礼儀正しかった。
だからこそ私は、最初の帰り道に思ってしまったんです。
この子で本当にいいのかしらと。
決定的な出来事があったわけではありません。
ただ、小さな違和感が、毎回同じ形で残る。
二回目に会ったとき、彼女は言いました。
「またご挨拶したいです。次は私から連絡しますね」
私は頷いて、バッグから名刺を出しました。
「よかったら、こちらに」
彼女は受け取り、軽く頭を下げました。
でも、彼女は自分の連絡先を出さない。
こちらの連絡先は受け取るのに、自分の連絡先は渡さない。
「LINEの交換、しておきましょうか」と息子が言うと、彼女は笑ってこう言った。
「それは、また今度で」
その“また今度”が、三回目も四回目も続きました。
息子には連絡している。
息子の予定は把握している。
でも、私は最後まで、彼女の連絡先を知らないまま。
この状況が、私の胸をずっと冷やしていました。
近づいているのに、線だけ引かれている感じがしたからです。
母親の勘で人を裁くのは嫌でした。
息子の幸せを、私の不安で濁したくなかった。
だから私は、自分に言い聞かせ続けました。
礼儀はある。言葉も綺麗。笑顔もある。
問題はないはずだ、と。
それでも夜になると、思い浮かぶのは言葉じゃありません。
息子の部屋に増えた見慣れない紙袋。
息子の口から増えた「彼女が欲しがってたから」という言い方。
私が聞いていないのに、ふいに出る「彼女はお金にだらしなくないよ」という弁明。
弁明が出るということは、息子もどこかで引っかかっている。
そう思ってしまう自分がいました。
相談しようとしても、口が止まりました。
「過保護だと思われたらどうしよう」
「息子に嫌われたらどうしよう」
「彼女を悪者にしているみたいになる」
その不安が、私の喉を固くしました。
転機は、知人に言われた一言でした。
不安を消そうとするより、事実を揃えた方が早いよ。
その言葉で、私は初めて呼吸ができた気がしました。
私は「相手の正体をはっきりさせたい」じゃなくて、息子がきっぱり別れられるように段取りを組みたかった。だから別れさせの依頼も視野に入れた。
それなら、息子を裏切らない形で動けると思ったんです。
確認したのは、派手な話ではありません。
生活の整い方、仕事の続け方、金銭の扱い、交際の切り替えの癖。
息子の人生と組み合わさったとき、揉めやすい形がないか。
結果は、白か黒ではありませんでした。
ただ、息子が知らないまま進めると、後から傷が残りやすい点がいくつか出た。
私は報告書を息子に渡しませんでした。
紙を渡したら、息子が守ろうとして、会話が終わる気がしたからです。
代わりに、食事の席で、言葉を選んで伝えました。
私はあなたの結婚を止めたいわけじゃない。
ただ、確認しないまま決めるのが怖い。
あなたが傷つく未来だけは、増やしたくない。
息子は箸を止めて、しばらく黙っていました。
それから小さく言いました。
「分かった。ちゃんと見る」
その“ちゃんと見る”が、息子の中で何かを変えたのだと思います。
数週間後、息子は自分から距離を取りました。
私は理由を聞きませんでした。
息子が自分の目で見て、自分の足で決めたかったはずだからです。
私は誰かを追い出したわけではありません。
ただ、言葉にできなかった不安を、落ち着いて伝えられる形にしただけでした。
それだけでした。
もしあなたが今、家族の交際や結婚で、同じように言えない不安を抱えているなら。
身内同士でぶつかって関係が荒れる前に、第三者に事実を揃えてもらう方法があります。
状況によっては、相手との距離の取り方まで含めて、別れさせに依頼するという選択肢が必要になる場合もあります。
選ぶかどうかは人それぞれです。
ただ、黙って抱え続けるほど、家族の会話は難しくなる。
その前に、できる形から始めていいと思います。